「ところで、一柳さんと玲子さんの馴れ初めをまだ伺っていませんよね」
茂森愛由美が興味津々といった様子で口火を切った。
「あっ、一柳がなんで金持ちになるって喚き出したのかも聞いてないぞ」
半年前に持ち上がった、一柳の「金持ち宣言」を僕は思い出した。
「待って」玲子さんが遮った。「一柳さんが役者の夢破れて実家に帰ってから、10年の歳月を経て再び上京し、ナレーターになった経緯をまだ聞いていないわよ」
「ところで、一柳さんと玲子さんの馴れ初めをまだ伺っていませんよね」
茂森愛由美が興味津々といった様子で口火を切った。
「あっ、一柳がなんで金持ちになるって喚き出したのかも聞いてないぞ」
半年前に持ち上がった、一柳の「金持ち宣言」を僕は思い出した。
「待って」玲子さんが遮った。「一柳さんが役者の夢破れて実家に帰ってから、10年の歳月を経て再び上京し、ナレーターになった経緯をまだ聞いていないわよ」
「でも語り人さんは、役者のオレに惚れたんすよね」
「おまえ、誤解を招くようなことを…」僕は玲子さんの顔色を窺った。
「やっぱりあなたたち、そういう関係だったのね!」玲子さんの目が吊り上がった。
「オレね、語り人さんにナンパされたんだよ。男にナンパされたのは初めてだった」
宝石を散りばめたような美しさといわれる横浜の夜景が
視界いっぱいに広がった。
言わなければ。今だ。今、言うんだ!
僕は大きく息を吸った。 続きを読む
そのとき突然、一柳が振り向いたので目が合ってしまった。一柳は少し驚いた表情を見せたが、横にいる茂森愛由美の存在に気づくと、さらに驚いた顔をした。
「おやおや」と一柳は言った。
「おやおや」と負けずに僕も返した。 続きを読む
翻訳が完成したら、あとはひたすら読み込みだ。レッスンで、映像を流しながら実際に声をあてていく練習を何度も繰り返した。勘がいいうえに努力家の彼女は、みるみる役をものにしていった。そのようにして、僕たちは収録の日を迎えた。茂森愛由美にとっては記念すべき声優デビューの日を。 続きを読む
茂森愛由美から手紙が届いたのだ。メールではなく、郵便で届けられた封書の手紙。彼女らしい端正な字体で綴られた、美しい日本語の手紙。
それから僕と茂森愛由美は、半年後の今も、毎週のように顔を合わせている。それを一柳は知らない。 続きを読む
それから少しして、僕たちと同世代とおぼしき男が席にやってきた。
きっと店長だろう。「他のお客さまのご迷惑になりますので」とかなんとか言われて店を追い出されるに違いない。僕も一柳も覚悟した。 続きを読む
そんな彼が女断ち? これはたしかに一大事だけど、
それも気にはなるけど、ほかにも何かあったような。
金持ち? そうだ、これだ。一柳はたしかに言った。
「自分は来年、金持ちになっている」と。 続きを読む
「わかったよ。収録後にキャッシュで払おう。プラス飲み代でどうだ」
こんな待遇が許されたのは映画評論家の淀川長治さんぐらいだぞ、
そう返そうとした瞬間だった。彼はその驚くべき提案を口にしたのだ。
「いや、そうじゃないっす。ていうか、ギャラはいらないっす」
「なんだって?」 続きを読む
「申し訳ないっすけど、語り人さんのその仕事、受けられないっす」
僕が海外映像の吹き替えを請け負っている音声制作の仕事があって、キャスティングのため連絡を取った相手は、その申し出を言下に断った。 続きを読む