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第2話1章 声優ほど素敵な商売はない

100回断られる仕事をしているのに、101回目のオファーを断るなら、あるいは待てないなら、やめたほうがいい。ここは、そんな断られてばかりの競争過多の業界だ。それだけに、101回目の仕事の味は格別だよ。楽しくないわけがない!

(序章「無条件に楽しい仕事」のつづき)

オーディオブック今回のお題は、ズバリ沖縄!
(何がズバリかわからないけれど)

「いいわね。リスナーの 沖縄に行きたい!という思いをかき立てるような、煽情的な語りで頼むわよ」と、ここで今日の担当ディレクターが登場。

「これを聴いたら最後、もう何が何でも沖縄に行ってやる。沖縄に行けないくらいなら…」とディレクターさんは口角泡を飛ばして演出に入った。

「会社を辞めてやる!」→「待ってたよ、その言葉」(上司より)
「離婚してやる!」→「もらうもの、もらったらね」(鬼嫁より)
「親子の縁を切らせてもらいます」→「とっくに切れとるわ」(関西人)

顔を左右に振って声としなを変えるのが見せ所のこの芸。落語でお馴染みの「一人二役芸」だが、これはディレクターさんのおはこ(十八番)だそうだ。

「まあいかにせよ、そのくらいのドップラー効果を与えてほしいのよ」
地声に戻してディレクターさんは言った。
「それを言うなら、サブリミナル効果でしょ」と、僕はお約束のツッコミを入れたが、この一人二役芸が演出上必要だったのかどうか、いまひとつ疑問が残った。

いずれにしても、僕に「沖縄に行きたい教」の教祖になれと、そういうことですね。えっ、教祖じゃない。あっ、広告塔ですね。それも違う? じゃあ、夢先案内人ってところですか。はっ、勧誘員? どんどん格下げするんですね。

「帰らせてもらいます」僕は帰るフリをした。
「わかったわ。夢先案内人でいいわよ」ディレクターさんは歩み寄った。
「ワンランクアップ、感謝します」僕もオトナの対応をした。

「さあさあ、夢先勧誘員の仕事よ。いかにせよ、煽っちゃってね!」
ディレクターさんはどうしても僕を勧誘員にしたいようだ。
でも、どうよ! 夢先勧誘員って、なんか胡散臭くないか?

「でも、クサイのはNGよ。なんていうの? いかにせよ、むずむずとそこはかとなくよ。わかる?」

(だから、うさんクサイんだって! しかも"むずむず"と"そこはかとなく"って言葉、馴染まないというか相性よくないよね)声に出さず僕は抗議した。

それにしても、ひげ面のオネエキャラのディレクターさん、僕はあなたのこと嫌いじゃない(むしろ好きだ)し、その「いかにせよ」という口癖も微笑ましく思う。だけど、いかにせよ日本語がおかしいよ。

でもとりあえず、あなたのいわんとすることはわかりました。肩書も夢先勧誘員でけっこうです(ときに妥協も必要だ)。

さあ、気を取り直して先を急ごう。
オーディオブック『脳内沖縄紀行(仮題)』、スクリプトの流れはこうだ。まずは、人々の"沖縄に行きたいごころ"を詩情で訴える。うん、悪くない情景描写。これを個人の心象風景として朗読する。

「ただ、珊瑚が砕けた白砂を踏みしめ、海の鼓動に身をゆだねるだけだ」
うむ…。これはいささか陳腐ではあるけれど、まあよしとしよう(ときに妥協も必要だ)。

次に、現地での観光案内風の語り(少しルンルン気分で)がきて、
つづいて、沖縄の歴史をひもといてみる(ここは格調高く重厚に)。
そしてフォークロア、つまり沖縄に古くから伝わる民話ね(えっ、僕もオネエキャラ?)。

これが面白い。お話の内容はCDが発売されたら買っていただくとして(ウソです。買わないで)、「むか~し、むかし…」にはじまる、絵本や紙芝居の世界。

そこへ、ディレクターさんから注文が。
「あのさ、語り人ちゃん、地の文はおじいさんの声でやってみてくれる?」
「はい。『日本昔ばなし』の常田富士男さんのイメージでいいですか」
「さすが語り人ちゃん、話が早いわ」

ディレクターさん、いかにせよ”ちゃん”づけはやめてね。
(もう感化されている。オネエ言葉は感染性があるのだ)

「すごいわぁ。あなた、なんでもできるのね!」
「ちなみに、おすぎ&ピーコのマネをするザ・たっちの物まねも得意です」
「まあ、器用ね」

器用…。ところでこれは褒め言葉だろうか。いや、語りを極めるうえで、器用さはむしろ邪魔になる。少なくとも僕にとってはそう。だから、器用と言われると少し落ち込む。

たとえば、「器用貧乏ってよく言われるんですよ」って、なかば困ったように、なかば嬉しそうに、つまり自慢げに吹聴する人をよく見かけるが、これは自慢にも謙遜にもならない。器用貧乏は褒め言葉じゃないのだ。

「いかにせよ、それは聞きたくないわね。下品な声はイヤよ。ワタシは、語り人ちゃんの声を聞きながらワインを飲みたいわ」

ここでディレクターさんは大げさに片目を1回、閉じて開いてみせた。
それをウインクと呼ぶ勇気は、僕にはない。

あとは彼(彼女?)の指示どおり、王子さま、お坊さま、占い婆、村人ABなどオールスターキャスト、すべてのキャラを声で演じ分けた

えっ、やっぱり器用って言っちゃう? 違う。すべてのキャラを声で演じ分けたって言ったけど、これは口先だけの声真似じゃない。なんていうんだろう、あえていえば憑依…。

そう、憑依(ひょうい)だ。何やらおどろおどろしい言葉だけど、僕の場合、そんな感じ。乗り移っちゃう感覚。対象となる人格を瞬時にイメージし、それを丸ごとわが身に引き受ける

とはいえ、オーディオブックは基本的にひとり語り「朗読」というスタンスを大きく逸脱してはいけない。ひとりの読み手(ナレーター)が役ごとにガラリと声を変えては、聞き手は違和感を覚えるだろう。興ざめするといってもいい。この点において、基本的に一人一役のオーディオドラマとは表現スタイルが異なる。

その意味で、一冊一作品ぜんぶを安定した声と呼吸で読み通していかなければならないオーディオブックほど、読み手の力量が問われるナレーターの仕事はないと僕は思っている。

「は~い、ぜーんぶいただいちゃいました。ブラボーよ、語り人ちゃん!」

終わって我に返ると、ブースの窓の向こうにスタッフみんなのスタンディングオベーションが見えた。

ありがとう! だからやめられない。
声優ほど、素敵な商売はない

収録が完了して、事務所のマネージャーやスタッフたちとおしゃべりを。そして、1週間後におこなわれる『脳内沖縄紀行』後編の収録についての打ち合わせをしていた、そのときだった。何やら心身に異変を覚えた。
ブルっと、身震いをひとつ。 おかしい、どこかが…

「沖縄に行けなければ、この仕事、やめてやる!」

僕は唐突にこう叫んだのだけど、それは洗脳による心身喪失の発作なのか、それとも演技の延長なのか、持ち前のサービス精神なのか、はたまた本心丸出しのアピールなのか、自分でもよくわからなかった。

そんな僕の乱心ぶりを見て、マネージャーが慌てて僕の手に何かを握らせた。
「忘れてました! ディレクターさんから語り人さんに、収録後すぐに渡してくれって!」

それは、災いをもたらす悪霊を追い払う魔除け、沖縄名物「シーサー」だった。素焼きの陶器製で、目鼻口が赤の塗料でペイントされた、手のひらサイズのシーサー。

「あれ? いまオレ、なんか変なこと言ったか」
我に返った僕は、頭を振ってマネージャーに尋ねた。
「いいえ、今日は気分がいいからオレのおごりだって叫んでました」
「だとしたら変だ。いや、なんかやめてやるって言ってなかったか?」

「ああ、そうでした。酒も女もやめてやるって言ってたような」
「言うはずがない。それより、この不細工なシーサーは何なんだ?」
「ダメですよ、語り人さん。シーサーにそんな罰当たりなこと言っちゃ」
「これ、手作りだぞ。しかも小学生の工作レベル…」

と言いかけて、いったんいつもの自分に戻ったのも束の間、
またしても僕は叫んでいた。

「いかにせよ、沖縄に行きたい! 」

勧誘員が自分自身を勧誘してしまった、これは典型的な例だろうか。
とするとこのオーディオブック、ディレクターさんの目論見どおり大成功ということになる。

ちょっと待って。僕が「憑依体質」であることを思い出してほしい。

役に入るとき、僕はスイッチひとつで比較的容易に役から役へと瞬間移動することができる。でも役を降りたあと(つまり仕事が終わったあと)、もとの自分に戻るのにひどく時間がかかることがある。

使い古された例えで恐縮だが、やくざ映画を観たあと、ポケットに手を入れ肩をいからせ、睨みをきかせながら映画館を出ていく、あれに似ている。僕の場合、もっと強烈なんだ。

えっ、本当にやくざになっちゃうのかって? まあ、さすがにそれはないけど、ふつうの人以上に影響を受けやすいことは確かだ。

たとえば先週、何を間違ったのか僕に野球実況のアナウンサーの役がきた。録りが終わって1週間が過ぎた今も、その声と口調が抜けないでいる。

「さあ9回裏同点、二死満塁、ボールカウントはツースリー。勝利の女神はどちらに微笑むのか!」

以来、オーディションで最終候補に残るたび、思わずこんな言葉が口をついて出る。そんな僕だから、このオーディオブックの成功を喜ぶのはまだ早いだろう。

自分を勧誘したあと「相手を勧誘してはじめて成功」といえるのが、僕の仕事なのだから。

 

(つづく)

オネエキャラのディレクターは何者なのか?
そして、シーサーの謎は?
それは次週『脳内沖縄紀行(後編)』の収録で
あきらかになる(はずだ)。

それでは、第2話「声優ほど素敵な商売はない」
次章をお楽しみに!

 

今日のボイスメモ、あるいは、声にまつわるささやかな教訓

  1. ナレーターは夢先案内人もしくは夢先勧誘員でなければならない。
  2. 「器用貧乏」を謙遜語として使うのはみっともないことと心得よ。
  3. 複数のキャラを演じ分けるときは声を変えるのではない。人格を入れ替えるのだ。
  4. 演技とは自分で自分を勧誘し洗脳することである(語り人)。
  5. オネエキャラの人って、なぜか声が大きくて滑舌が良い

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