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第2話序章 無条件に楽しい仕事

今日は久しぶりに、無条件に楽しい仕事をしてきた。
あ、いつも楽しいよ。僕は楽しい仕事しかしないから。
でも、「無条件に楽しい」というのは、そうそうあるわけじゃない。

僕のような、読んだり喋ったり教えたりという好きな仕事をしていてもそう。いろいろな縛りやら無理難題やら不手際やら、思わぬアクシデントやらハプニングやら、あまりうれしくないサプライズやらがあって、だいたいが「条件つき」だ。

世の中は実に、そんな多種多様な「条件」で溢れている。石を投げると条件に当たるんじゃないか、と思うほど。そしてその多くが「悪条件」ときている。「好条件」のなんと少ないことか。

ところで、この「石を投げると○○に当たる」という表現、よく使うから覚えておこう。例を挙げるよ。

下北沢で石を投げると役者(もどき)に当たる
高円寺で石を投げるとミュージシャン(もどき)に当たる
渋谷のゴールデン街で石を投げると家出少女(もどき)に当たる

つまり、それほどその種の人が多いことを意味することわざだが、「もどき」とカッコ書きしたように、ややバカにしたニュアンスで使われる慣用句なので使用には注意が必要だ。そして間違っても良い子は石を投げてはいけないよ。

話を「条件」に戻そう。世間には悪条件が溢れているという話だが「それでも」と僕は言う。そうした悪条件と正面からぶつかって闘い抜いてこそ、人は強くなる。賢くなる。優しくなる。謙虚になる。涙もろくなる。お茶目になる。おバカになる…(うん? だんだんあやしくなってきたぞ)。

つまり何が言いたいかというと、悪条件を好条件に変えることができた人を成功者と呼ぶのだ。

スポーツ競技やなんかで、選手がここ一番の勝負を前によく口にする「思い切り楽しみます」というコメント。これはあらゆる悪条件に挑みつづけ、それを克服した人の言葉だろうし、またそうでなければならない。ふつうに楽しみたければディズニーランドへでも行けばいい。

ところで、さっき僕は「楽しい仕事しかしない」なんて言っちゃったけど、これは語弊がある。「オマエはそんなに偉いのか」と冷ややかな声が聞こえてきそうだ。説明が必要だね。

僕は「仕事を楽しむ」ことにかけては、達人の域に達している(と思っている)。何が楽しいって、ただひたすら夢中になれるから。我を忘れて没入できるからだ。

もちろんこれは、あくまでも「声と言葉の表現」において、という条件つきだよ。ついでに言うと、覚醒剤もアンナカも僕の条件には入っていない(つまり薬物は不要だということ)。

仕事の内容とか役柄とか形態とか、あるいは人間関係の軋轢とかギャラが安いとか、あるいはまた、最近彼女が妙によそよそしいとか、ギャグがいまいちウケないとか、そんな現実的な諸問題も、僕がこの仕事で味わう愉悦を奪うことはできない。

まあ、これはこれでひとつの才能かもしれないけど、どうせ達人になるなら「語り」のパフォーマンスでその域に達したい。そうなればもういつ死んだってかまわない(死んでも無理だとわかっているから言っている)。

白状すると、サラリーマンからナレーターに転身した親不孝な僕は、「仕事がない」もしくは「仕事をゲットできない」、だから「食えない」という苦境に何度も立たされてきた。

「そりゃオマエ、転身じゃなくて転落だろ」口さがない友人は言った。
自分が坂道を転がる小さな石ころになったような気がした。
だけど、転がりつづけるうちに巨大な岩になるかもしれないじゃないか。

「転がりつづける石は岩にはならないだろう。物理的に」
口さがない友人はまた言った。
「でも、少なくとも転がる石に苔は生えない。物理的に」
僕も理論武装した。逆に言うと、転がっていなければ苔が生えてしまう。
つまり、常に変化しつづけることに価値があるんだ。

転がる石のように生きよう、と僕は思った。

とはいえ、やっぱり現実は厳しい。自分の甘さ、覚悟のなさ、可愛げのなさを思い知り、才能のなさに恥じ入り、穴があったら入りたいと、涙を流した夜も数知れない(それは今でもそうだけど)。

それでもあきらめず、まるで小石を拾うように、小さなチャンスを一個一個拾いながら少しずつ、本当に少しずつ、ささやかな実績を積み上げてきた。

だから自慢じゃないけど、自分に巡ってきた仕事を断ったことはない。「これはオレがやるべき仕事じゃない」なんてうそぶいたこともない。一度も。どんな案件でも。それが声の仕事なら。

100回断られる仕事をしているのに、101回目のオファーを断るなら、あるいは待てないなら、やめたほうがいい。ここは、そんな断られてばかりの競争過多の業界だ(100回という数字はあくまでイメージです)。

基本的に僕たちの仕事は「ボイスサンプル」によるオーディションでキャスティングされる。
「語り人さん、○○のナレーション、最終候補に残りました。○月○日、スケジュールキープ、お願いします」

こんな電話が毎日のように事務所からかかってくるんだけど、これは決定じゃない。あくまでも何人かの候補のひとりにすぎないわけで、実際にキャスティングされる確率はなかなかに低い。100回、候補に残ったとしても、最後のひとりにならなければ永遠にゼロだ。

それだけに、101回目の仕事の味は格別だ。楽しくないわけがない。これが「楽しい仕事しかしない」と言った真意だ。

とはいえ、試練はつづくよどこまでも♪(って歌ってる場合じゃないけど)。

またまた白状してしまうとそんな僕でも、それがどんなに楽しく、エキサイティングで、我を忘れて打ち込んだ仕事でも、結果的に「この仕事をしたのは間違いだった」と後悔の念に苛まれたことがある。身悶えし頭を掻きむしり「オレはなんてバカなんだ!」と自責の念に駆られたこともある。

そんなとき、たとえば大きな深い穴を掘って、「王様の耳はロバの耳!」と絶叫できたらどんなにか溜飲が下がるだろう、そう思ったことも1度や2度ではない。仕事柄そんな秘密の、門外不出のエピソードはたくさんある。

それでも、たとえ結果的に痛い思いをすることになるとしても、仕事のオファーは断らないよ。魅力的な女性(男性)からの魅力的な誘いと同じだ。君は、断れるか? 薔薇に棘があることが、美しさを損なう理由になるだろうか(いや、なりはしない)。

そうした結果オーライとはいかなかった仕事の話は、またおいおい別のストーリーで展開していくとして、そろそろ今回のテーマに入ろう。「無条件に楽しい仕事」だったね。もう何が「無条件」で何が「条件つき」か、わかんなくなってきちゃったけれど。

ともあれ無条件に楽しい仕事、今回は「オーディオブックの語りの現場」にみなさんをお連れしよう。

そう、オーディオブック。 僕の”おはこ”ともいうべき本の朗読の音声化だ。
(「おはこ」と打ったら「十八番」と出た。なんか一曲、歌いたくなるじゃないか)

本を書籍で読むのではなく「耳で聴く」オーディオブック。最近は日本でもコアなユーザーが増えてきたが、本場アメリカと較べると認知度はまだまだ低いといえる。あなたも電子書籍は知っていても、オーディオブックは知らないかもしれない。

それでも、移動の電車や車の中で、まるで音楽を聴くみたいに本を聴いている多忙なビジネスパーソンは多い。あるいは就寝前、本を開くかわりに電気を消してヘッドホンで聴く熱心なファンもいる。そのまま眠れるからいいんだそうだ。とくに僕の声はそんな作用があるらしい(子守唄か!)。

ジャンルもビジネス書にとどまらず、自己啓発、資格・実用、教養・語学、文芸・落語、はてはアニメ・ラブロマンスにいたるまで多岐にわたっている。たとえば「朗読少女」「朗読執事」といったキャラクターが朗読した名作小説なども人気を呼んでいる。

まあ僕自身は、オーディオブックの仕事をしていてこんなことを言っちゃうと叱られるかもしれないけど、本はやっぱり手に取ってページをめくるのが好きな、典型的な活字中毒者だ。

そんな僕がナレーターとして本の朗読をして、さらにその音声を商品化して出版してもらえるなんて、すごいことだと思う。

だって、僕は子どものころから本は声に出して読む習慣があって、それはおとなになっても変わらなくて、そんなすこぶる個人的な習慣が仕事になるなんて考えもしなかった。なんて幸せなんだろう!って、つくづく思うわけです。

というわけで、僕にとって「無条件に楽しい仕事」ぶっちぎりのナンバーワンはオーディオブック。その怒涛の収録現場は、次章「声優ほど素敵な商売はない」でご覧いただこう。

この序章、セリフがほとんどなかったね。しかも、ちょっと説教臭くなっちゃった。ごめん。次章から「濃いキャラ」が登場します。お楽しみに!

 

今日のボイスメモ、あるいは、声にまつわるささやかな教訓

  1. あなたにとって「無条件に楽しい仕事」とは何か、考えてみよう。
  2. 悪条件を好条件に変えることができた人を「成功者」と呼ぶ。
  3. あなたにも、おはこ(十八番)があるはず。それを強みにしよう。
  4. 仕事のNGは出さない。101回目のオファー、そこにビッグチャンスが潜んでいる(かもしれない)。
  5. 本は音読を習慣にしよう。脳の活性化にも役立つことうけあいだ。

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