さあ、これで大阪へゆく準備は整った。
仕事のスケジュールを組んでくれないか。
もちろん収録でも生放送でもかまわない。
僕はマネージャーに元気よくそう告げた。
「大阪へゆきたし(上)」のつづき
「大阪にゆきたい理由を15字で述べよ」って?
ある人にあることを告白したい。はい、15字。
僕がこういうの得意だって、知ってるよね。
「誰にどんな告白を? 15字で述べよ」って?
でも、なんで15字なんだ? まあ、いいけど。
それは言えない。勘弁してくれ。ほら15字だ。
ねえ頼むよ、マネージャーだろ?これも15字。
「休暇を取って自費で勝手に行けば」って?
15字で応戦してきたな。でも休暇じゃだめなんだ。
仕事で行かなきゃだめなんだよ。ほい、15字返し。
「今後、仕事の選り好みをしないか」って?
15字で脅しに入ったな。なかなかやるじゃないか。
いいだろう。「オカマの役でも何でもやってやる」
僕は15字で開き直ってみせた。
「本当ですね 語り人さん 約束ですよ」
句読点なしで15字か? いいだろう。約束する。
オカマに二言はない。ほら、句読点入れて15字。
この話から二か月後──
約束どおり、僕はオネエキャラボイスの仕事をした。
詳細は言えない。このキャラを固定したくないんだ。
「約束は守った。大阪ゆきの手配を」
僕は15字でマネージャーにつめ寄った。
マネージャーは準備していた封筒を僕に手渡した。
中を取り出して見ると、分厚い台本とDVDが一枚。
大阪行のチケットは見当たらない。嫌な予感がした。
それは大阪出身のタレントが大阪を案内する番組の
ナレーション台本と映像のDVDだった。
「いかにせよ、収録は大阪だよね?」
僕は念のため、15字で確認を促した。
あれ、今「いかにせよ」って言った?
「今回はひとまず声だけ大阪ゆきです」
マネージャーはごまかしている。文字も16字だ。
「いえ、大阪行は漢字ですから15字ですよ」
と15字で抵抗したが、そんなことはどうでもいい。
「問題はきみが約束を破ったことだ」
どうでもいいと言いつつ僕は15字を遵守していた。
台本をめくると、2ページ目にピンク色の付箋が。
ピンク色の文字がびっしり。ピンクにピンクって、
読みにくいよ。これはもしかしてシーサーさん?
(シーサーさんは第2話「声優ほど素敵な商売はない」
に登場いただいたオネエキャラの映像ディレクターだ)
語り人ちゃん、いかにせよ、
ワタシには教えてくれるわよね?
大阪にゆきたい本当の理由よ。
教えてくれなきゃ、いかにせよアナタが
大阪から温かく迎えられることはないわ。
そうそう、オネエのせりふ、聴いたわよ♡
じょうずねぇ。ワタシよりリアルじゃない!
いかにせよ、やっときてくれたのねん♡♡
ようこそ、ワタシたちのめくるめく世界へ!
アナタと越えたい箱根越え♡ シーサーより
しまった。シーサーさんに話が漏れないよう、
マネージャーに口止めしておくべきだった。
いかにせよ、僕はあなたのめくるめく世界には
ゆけません! ふたりで箱根も越えられません!
それでなくても、箱根の山はいま大変なのです!
もう、別ルートで大阪ゆきを画策するしかない。
だれか、シーサーさんに内緒で僕に大阪の仕事を
キャスティングして!
ナレーションでもラジオでもキャラボイスでも、
講演でもワークショップ講師でも、何でもいい。
やっぱり大阪にゆきたい理由を知りたいって?
聞いてくれるな。そこは武士の情けと思し召せ。
誰にだって、話せないことの一つや二つはある。
面白くも可笑しくもない理由だったらなおさら、
ここまで引っ張っといて、今さら話せないしね!
大阪へゆきたしと思えども
大阪はあまりに遠し
せめては新しきジャケットを着て
東京から大阪へ 僕の声を送ろう