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待つ身vs待たせる身(友情編)

ご無沙汰です。
3話「一流の証明」を書き終えてから腑抜け状態の語り人です。

こんな僕のブログでも、今か今かと待ってくれている方がいらっしゃるようで、たくさんの方から「最近、更新していらっしゃらないようですが…」というメッセージをいただいている。

多くは激励や安否を問うお便りだが、なかには以下のような難詰調というか、語り人の無沙汰に対するクレームも散見された。

さぞかしお忙しいのでしょうね。けれど黙って姿を消しておしまいになるなんて、あんまりではありませんか。いつもわたしに語りかけてくださるとおっしゃったのは嘘だったのですか。先生のバカ! お忙しすぎて文字どおり、心を亡くされたのでしょうか? いやだ、それともまさか、ご病気か何か…(後略)

ごめんなさい。ご心配をおかけしました。
あなたに語りかけることを忘れたわけではありません。

語り人は元気です。病に臥していたわけでも、心を亡くしたわけでもありません(たぶん)。 凡才を苦にして(少し気にしているけど)身投げしたり、失踪したりもしておりません。バカなのは変わっていませんが。

忙しかった?  うん、たしかに「忙しかった」ということになるのだろうけど、 僕はこの言葉が好きではない。「バタバタしてまして」と同様に、便利だけど使いたくない。品格がないから。(おまえは鳥か!と言いたくなる)

では、なんと言おうか。ちょっと気取った表現を許していただけるなら「自分に課せられた仕事にただただ専心していた」。 そうとしか言いようがない。たとえばミツオシエという鳥が、名前のとおり「蜜のありかを教える」ためだけに生存しているように。(あれ、僕も鳥か!)

「ただただ」とか「ひたすら」という言い方が、何か問答無用という感じがして、僕は好きなのです。

そんなありがたいお便りの中に一通、不可解なメッセージが紛れ込んでいた。何やらイヤな予感がした。原文のまま紹介します。(カッコ内は語り人のコメントです)

(前略)ワタシは待つことには慣れておりますが、いかんせん語り人さまの次回作だけはこれ以上待てません(いかんせん?)。 ご多忙の由は重々、重箱の隅を突くが如く熟知しております (シャレたつもりだろうが用法が違う)。語り人さまのお言葉がワタシをどれだけ奴隷にしておりますことか(またきたか)。嗚呼、それをお知りになったら、 お尻に火がつくことでしょう!(もうやめてくれ!)

語り人さまをお慕いする愚鈍な中年少女より(もはや妖怪だ)

こんなおかしな文体でメッセージを送りつけてくる人を、僕はひとりだけ知っている。
「いかにせよ」が口癖のあの人に違いない。そう言うとすぐにバレるので「いかんせん」と書き直した。そうでしょう? 虎田シーサーさん(ジロッ)。

(シーサーさんは2話「声優ほど素敵な商売はない」で登場いただいた、オネエキャラを売り物にしている映像プロデューサーだ)

とにかく、わかりました。ボイス・ストーリーのほうはもう少しお待ちいただくとして、エッセイ風のものでよければ書きます(語ります)。書かせて(語らせて)もらいます!

では、お待たせしたことにちなんで、
今日は「待つ身vs待たせる身」というテーマでお届けしましょう。

 

「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね?」

こううそぶいたのは太宰治だった(また太宰!)。

友人の小説家・檀一雄と熱海の宿で豪遊し支払いが出来なくなった太宰は、檀を人質に置き、金策のためひとり東京へ帰る。ところが待てど暮らせど太宰は戻ってこない。しびれを切らした檀は、宿の主人の許しを得て東京へ。するとあろうことか、太宰はのんきに将棋を指しているではないか。

「ひどいじゃないか!」怒りをぶちまけようとする檀に太宰が放った言葉がこれだ。(このエピソードは檀一雄著『小説 太宰治(岩波現代文庫)』に詳しい)

待たせているおれのほうがつらいんだ。それが証拠に、いまこの人に金を借りようと将棋のお相手をしている」

太宰は口が達者だ。これは遅刻の常習者だった太宰一流の詭弁(言い訳)だろう。

この将棋のお相手は太宰の文学の師、井伏鱒二だった。温厚な井伏さんも、自身の代表作である『山椒魚』のように憮然としたはすだ。(しかし師匠の前でこんなこと言うかね)。檀は怒るに怒れなくなった。

 

それからまもなく、太宰は一篇の小説を発表した。『走れメロス』だ。

檀は「この傑作はまさに自分とのこの出来事に端を発している」と確信する。
あまつさえ「文学に携わる身の幸福を思う」とうっとりする始末だ。

簡単に言うと「それって、おれの手柄だよね」と檀は言っているのだ。

なるほど。たしかに『走れメロス』は、二人の男の友情を軸に、待つ身と待たせる身の拮抗を優美に力強く描いた名作。でも檀一雄の話が本当なら、現実と虚構のあまりのギャップに笑うしかないよね。

「おまえは走ってない。将棋を指してただけだろ!」僕なら激しくそうツッコミを入れるだろう。作家の人格と作品は別の話ということか。

もっとも檀は、太宰の追従者といわれていた作家だ。当時、太宰の腰巾着と揶揄されてもいた。だから檀と太宰の「待つ身と待たせる身」の構図は、単純に二人の力関係によるものだといえる。

 

力関係といえば、この『小説 太宰治』には中原中也との交流も描かれている。
中也に畏敬の念を抱いていた太宰は、この尊大な詩人には頭が上がらない。さしもの口達者の太宰も、舌鋒鋭い中也の罵詈雑言に萎縮するばかり。

「なんだ、おめえはバカか! 青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」
(どんな顔だ? でもサバが空に浮かぶなんて、さすが中也。詩人の言葉だね)

からまれてもイジられても太宰は「愛情、不信、含羞、拒絶、なんともいえないような、くしゃくしゃな悲しい薄笑いを浮かべて」黙っている。(これは檀の言葉。言い得て妙だ。写真の太宰は概ねそんな表情をしている)

あるとき、待ち合わせの酒席に太宰の姿がなかった(太宰さん、すっぽかしたな)。からむ相手がいないと不機嫌になった中也は、檀を引き連れ太宰の家に乗り込む。(イヤなやつだよ!)

ちなみに道中、中也が自身の詩作のお手本ともしている宮沢賢治の詩を、高らかに朗誦していたことを檀は記している(中也は詩の朗読が上手だったそうだ)。

家に着くと太宰の妻は「主人はもう休んでいる」という。
「起こせばいいじゃねぇか」(迷惑なひとだね)
中也はずかずかと寝室に踏み込み、大声で喚き散らし、寝ている(寝たふりをしている)太宰を襲撃しようとする。

「寝ているんだから、やめましょう」
檀は中也の腕をむんずと掴んだ。(おっ、檀さん、武勇伝か?)
「きさま、誰にものを言っている!」(あくまで上から目線)

中也は腕を振り払おうとするが、檀は中也の腕を掴んだまま、雪の降りしきる外に引きずり出した。(まるで映画のワンシーンだね)
「このやろう!」
中也は檀に拳を振るうが、痩身小躯にして非力の中也の、それは他愛もない腕力だった。剛力の檀は中也を雪道に放り投げた。(檀さん、一本!)

「わかったよ。おめえは強え」(おまえが弱い)
起き上がると雪を払いながら、中也は恨めしそうに言ったあと、何やらぶつぶつ低吟したという。それは賢治の詩ではなかった。(こんなときにも詩を吟じる中也は、やはりただ者じゃない)

汚れっちまった悲しみに、今日も小雪の降りかかる…

後世に残るこの詩が、まさにこの瞬間、誕生したように檀は回想している。(つまり名作誕生秘話のていですね)。だけど『小説 太宰治』はタイトルどおり、あくまでも小説(フィクションね)。真偽のほどは定かでない。

で、このエピソード、いつの話かというと、
1934年(昭和9年)。今から81年前のこと。

中原中也27歳、太宰治25歳、檀一雄22歳。(青春まっただ中!)

しかし、中也はそれから3年後の30、結核性脳膜炎で帰らぬ人となる。
太宰は14年後の38、東京三鷹の玉川上水で妻ではない女性と入水自殺。
檀は41年後の63、肺癌のため逝去。(中也と太宰に較べ長生きしている)

そして『小説 太宰治』は、エピソードから15年後の1949年、檀が37のときに書かれている。つまり多かれ少なかれ「自分の青春時代を美化して語る年齢」に達していると言っていい。

どこまでが真実で、どこまでが作り話なのか。しかしそんなことはどうでもいい。僕が面白く思ったのは、太宰治と中原中也という二人の天才と同時代に生きて交流した、檀一雄という作家のキャラというか立ち位置だ。

太宰にうまく使われ振り回された日々を、そして中也を投げ飛ばした雪の降る夜を、檀は実に愛おしそうに回顧している。自分という存在が触媒となって、あの珠玉の名作が生まれたのだと。

つまり『走れメロス』『汚れっちまった悲しみ』も、自分がいなければこの世に産声を上げることはなかったと、脇役ながら檀は、自分が後世に果たした役割の大きさに目を細めるのである。(檀さんは文学のお産婆さんだね)

「そりゃあ、待たされたおまえじゃなくて、待たせたおれの手柄だろう」

太宰がそう言ったかどうかわからないけど(きっと言ったと思う)、例の「青鯖が空に浮かんだような」くしゃくしゃな笑顔が目に浮かぶようだ。

待つ身はつらい。待たせる身もつらいだろう。
だけれど、つらいことばかりじゃないはずだ。
檀一雄の『小説 太宰治』はそれを教えてくれる。

待つことで、待たせることで生まれてくるものがある。
醸成されるもの、熟成されるものもある。

たとえばそれは、かもしれないし、希望かもしれない。
許しかもしれないし、祈りかもしれないし、かもしれない。

それが諦め後悔憎しみ恨みつらみでないことを願うばかりである。

次回は、一般的な男女における「待つ身VS待たせる身」を考察してみたいと思います。(こっちのほうが興味あるよね!)

それではまた、いずれ春永に。

 

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