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第1話1章 君の声が届かない

「声に抑揚が無い、一本調子、ロボットのような口調、 聴いていて疲れる、等々指摘されております。よく通る声、人に不快感を与えない声になりたい。インストラクター認定試験に合格し、1人前になることが当面の目標です」

(序章「ボイス講師誕生」のつづき)

大手企業に勤務する、社会人2年生のMさん。自分の声分析もできているし、なにより目標がしっかりと定まっているところに好感を持った。

声優系のワークショップなどのグループレッスンは別にして、僕が個人レッスンを行なう対象は、まず会社経営者が筆頭にあげられる。ほかにも名の知られた文化人や少しは顔の知られた芸能人もいる。つまり、酸いも甘いも噛み分けた、ある程度功なり名を遂げた人たちだ。

でもMさんは違う。社会経験が浅いにもかかわらず、早くに「声」の重要性に目覚めている。 なかなか見所のある若者だ。そう思い、オファーを受けることにした。

すぐにもレッスンを始めたいという本人の意向で、早速会うことに。
西新宿のスターバックスで待ち合わせ。90%ほどの混み具合。騒音率は70%。つまり適度に騒がしいということ。ここを選んだのには訳がある。

ここで45分間、声診断を兼ねたヒアリング、そして、これからの1ヶ月間、全4回(週1回)のレッスンカリキュラム、ならびに注意事項の説明をおこなう。しゃべり比率は僕が80%で、彼が20%というところ。

しかし彼の言葉の80%は聞き取れず、はじめは聞き返していたのだけど、あまり頻繁だと会話にならない。途中から読唇術に切り替えた。

とはいえ、これも難儀な方法だった。彼はしゃべるとき、ほとんど口を開かなかった。表情筋は固くこわばったまま頭蓋骨に張り付いている。顔の造作自体は端正といっていいのだが、その顏は画用紙にクレヨンで描かれた陰影のない人物画を僕に想起させた。

声も同様に固く平板で、奥行きのない無機質な電子音みたいだ。声量自体は必要な大きさは出ているのだけど、あきらかに的を射ていない。拡散して周りの音に吸収されている。だから僕の耳まで届かない。

ほかでもない、以上のことを確認するため、僕はこの場所を選んだのだ。
あまりうるさい場所だと話にならないが、静かすぎても声診断の目的は十全に果たせない。

そんなわけで、彼が僕に何を語ったのか、結局わからなかったのだけど、そんなことはもはや問題じゃない。もう、じゅうぶんわかった。診断は完了だ。

一方、僕の言葉が彼に100%伝わったことは、彼の表情から見て取れた。
だって、この場に応じた声の出し方、つまり相手にだけはっきり聞こえて、 周りにはうるさく響かない発声でしゃべったから。

要するにこれは、声の収束性と方向性の問題。大きさの問題ではないのだ。

僕たちはスタバを出て、近くのレッスン場所へと向かった。その間、彼はひっきりなしにしゃべった。(わおー、おしゃべりなんだ!)

それで今度は、声そのものは聞こえたのだけど、次の問題が発覚。彼が何を言っているのか、僕には半分も理解できなかった。使用言語はたしかに日本語なのに…。

原因はすぐにわかった。それは…
それはまた、次回にまわすことにします。(小出しにしてごめんね!)

とにかく僕たちは、レッスン場所へとたどり着いた。
レッスン場所は何処かって? それはまた別のお話。

今日のボイスメモ、あるいは、声にまつわるささやかな教訓

  1. 自分の声分析ができているか。声の重要性に目覚めているか。
  2. 声はTPO(時と場所と相手)を選んで使い分けるべし。
  3. 筋肉はからだはもちろん、顔の表情筋(声帯も筋肉だ)も柔軟にしておこう。
  4. 届く声、伝わる声は大きさではない。収束性と方向性が決め手になる。

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